寄り添おうとする心

先週のEテレハートネトTV。
言葉のない重度の障害のある方に寄り添っている職員の方々の姿を見ていて思ったこと。

言葉がないからって心がないわけではない。
言葉にできなくたって、思いはある。
それをいかにわかろうとするか。
「これでいいよね」と勝手に決めず、選択肢を用意し、これがいいですか?それともこれ?と聞きながら相手のわずかな変化を見逃さないようにしていた。

自分は子供たちの心に寄り添おうとしているか。
わかったつもりになっていないか。
この子たちはこういう子だからこれで大丈夫!って勝手に決めていないか。

そんなことを考えていたら、花が小さかった時のことを思い出した。
まだ2歳くらいの頃。
買い物の行き帰りに通る道。
高い上のほうをじ~っと見つめる花。
帰りなんてベビーカーの中から乗り出すように振り返って一点を見つめていた。
花の目に映るものが知りたくて、ベビーカーの横にしゃがみ込み、花の目線に合わせて空を見上げたっけ。
そこに見えるのは背の高いマンションと青い空。
その景色のどこが花の心をとらえるのか知りたくて、一緒に見上げていたあの頃。
~はなちゃん、何がみえるの?そんなに一生懸命何を見てるの?~

太郎と違い、心が通じるって感覚の乏しかった花。
なんとか花の心を知りたくて、寄り添いたくて。

太郎のことだってわかっているつもりになっていないか。
もう高校生。
いつまでもお母さんだけが頼りだった小さな太郎ではないものね。

わかっているつもりになるのではなく
寄り添おうとする心を忘れないようにしたい。

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by tarotohanachan | 2016-12-14 09:56 | ふたりのこと | Comments(0)